砂糖の話を、ふたたび― これまでと、これから

1. はじめに

これまで、砂糖や異性化糖について、成分表示の読み方や量の見える化、制度の動きまで整理してきました。
飲み物にどれくらいの砂糖が入っているのかを換算してみたり、「自由糖」という概念を確認したり、
砂糖そのものだけでなく、甘さがどのように社会の中で扱われているのかにも目を向けてきました。

国内外で、甘さをめぐる議論は今も続いています。
新しい研究が出たり、制度の見直しが検討されたり、商品そのものの設計が少しずつ変わったり。

今回は、新たに得られた情報も踏まえながら、これまでの内容を土台に、さらに整理を進めてみたいと思います。

砂糖は、本当に「減らすべきもの」なのでしょうか。
それとも、状況に応じて考えるべきものなのでしょうか。 結論を急がず、順に見ていきます。

2. これまで整理してきたこと

まず確認しておきたいのは、砂糖そのものが直ちに体に有害だというわけではない、という点です。
糖質は、私たちの体にとって重要なエネルギー源です。
問題になるのは、種類よりも「量」と「摂り方」でした。

WHOが示しているのは、総エネルギーの10%未満に「自由糖」を抑えることが望ましい、という目安です。
ここでいう自由糖とは、調理や加工の段階で加えられた糖や、はちみつ・果汁などに含まれる糖を指します。

この数字は、ゼロを目指すという意味ではありません。
また、1日でも超えたら健康に悪影響が出る、というような境界線でもありません。

集団全体で見たときに、平均摂取量が下がると、将来的なリスクが下がる可能性がある、
そのような疫学的観点から示された目安です。 ここで大切なのは、
数字は、絶対に守らなければならない基準ではなく、方向を示す目安だということです。

3. 個人スケールと人口スケール

甘さをめぐる議論が混乱しやすい理由の一つは、
「誰のスケールで話しているのか」が混ざってしまうことにあります。

たとえば、
「今日は甘い飲み物をやめよう」と決めるのは、個人の選択です。
これは個人スケールの話です。

一方で、
社会全体の平均摂取量を少し下げる、という目標は、人口スケールの話です。

個人の努力と、社会の設計。
似ているようで、まったく違うレイヤーにあります。

WHOの10%という数字は、人口スケールの目標です。
個人に「あなたは今日ここまで」と指示するための数字ではありません。 この違いを意識するだけでも、
甘さをめぐる議論の見え方は少し変わります。

4. 甘さは「選ぶ」だけでなく、設計されている

前項で、砂糖をどう考えるかについて、個人と社会という二つのスケールがあることをお話ししました。

私たちは、日々の買い物の中で、甘いものを選んだり、控えたりします。
それは確かに個人の判断です。

しかし、少し視点を変えてみると、
私たちが手に取る商品そのものも、一定の考え方のもとでつくられています。

飲み物の甘さが少し控えめになっていたり、
容量が小さくなっていたり、
同じ味わいでも、糖の組み合わせが調整されていたり。

それらは偶然ではありません。

消費者の意識の変化や、制度の動き、将来の基準を見据えた判断のもとで、
甘さそのものが少しずつ設計され直されています。

つまり、甘さは「選ぶ」対象であると同時に、
あらかじめ「設計されている」ものでもあるのです。

ここで、個人スケールと人口スケールがつながります。

個人の努力だけで社会全体の平均を動かすのは難しい。
一方で、商品の設計が少し変われば、
多くの人が無理なく平均値を下げることも可能になります。

甘さをめぐる議論は、

「摂るか、摂らないか」という二択だけではありません。

どの程度の甘さを、どのような基準で、
どの場面に合わせて設計するのか。

数字の裏側では、実際に商品をつくる現場でどのような判断が行われているのでしょうか。
次回から、その具体例を見ていきますが、次項で少しお話します。

5. 甘さはどのように変えられているのか

甘さは実際にどのように設計されているのでしょうか。

多くの専門家が指摘しているのは、
甘さは一気に大きく変えられるものではない、という点です。

急に半分に減らせば、味ははっきり変わります。
消費者はすぐに気づき、違和感を覚えるかもしれません。

そのため、甘さを調整するとしても、
変化は段階的に進められることが多いといわれています。

数年かけて、少しずつ糖の量を下げる。
味全体の設計を調整する。
甘味の感じ方を工夫する。

こうした方法が、実際に用いられてきたと報告されています。

また、健康目標の一環として、
一回に摂取する量を抑える設計が選ばれることもあります。
これは価格の問題とは別に、
摂取量そのものをどう設計するかという発想に基づくものです。

同じ甘さに感じられるように設計しながら、
実際の糖の量を少し抑えるという考え方もあります。

実際に、あるグローバル企業では、
「おいしさを保ちながら基準内に収める」ことを前提に、
糖の量を段階的に調整する方針を掲げています。

ここで重要なのは、
「甘さをゼロにする」ことが目的ではない、という点です。

目指されているのは、
我慢する味ではなく、
基準の中で満足できる味です。

目的は、
人々の満足感を保ちながら、
平均的な摂取量を少しずつ動かすことにあります。

これはまさに、人口スケールの発想です。

個人が毎日強い意志で我慢し続けるのではなく、
商品そのものの設計が変わることで、
無理のない変化が起こる。

そのような考え方が、少しずつ広がっています。 甘さは、好みの問題でもあります。
しかし同時に、設計の問題でもあります。

6. 甘さをめぐる議論を少し整理してみる

ここまで見てきたように、
甘さをめぐる議論には、いくつかのレイヤーがあります。

ひとつは、個人の選択。
何を飲むか、どれだけ食べるか。
これは日々の暮らしの中の判断です。

もうひとつは、社会全体の設計。
平均摂取量をどう動かすか、
制度や商品をどう整えるかという視点です。

この二つを混同してしまうと、
議論は極端になりがちです。

「すべては自己責任だ」という考え方もあれば、
「制度がすべてを決める」という見方もあります。

しかし実際には、そのあいだに幅があります。

個人の選択は大切です。
同時に、商品や制度の設計もまた、現実に影響を与えています。

砂糖は、敵ではありません。
使い方と、設計の問題です。

数字は、絶対に守らなければならない基準ではなく、
方向を示す目安でした。

そして甘さもまた、
「あるか、ないか」ではなく、
どの程度に、どう設計するかという問いへと移りつつあります。

次回は、実際の飲料や食品を例に、
甘さの設計がどのように進められているのかを見ていきます。
世界では、どのような考え方が広がっているのでしょうか。

次回、具体例を手がかりに考えてみたいと思います。

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