チョコレートは「食べる結晶」― 口どけを決める内部構造

1. はじめに

前回のコラムでは、チョコレートを題材に、テンパリングの有無だけを変えて比べてみました。同じ材料、同じ量、同じ形で作っても、口どけや後味には、はっきりとした違いが現れました。その違いは、好みや偶然というより、チョコレートの中で起きていることの違いとして捉えた方がしっくりくるものでした。

中でも、私自身がいちばん驚いたのは、割ったときの感触の違いでした。テンパリングをしたものは、指で軽く力をかけると「パリッ」とはっきりした音と感触が返ってきます。一方で、していないものは、同じ厚み、同じ形であっても、どこか鈍く、少し粘りを感じるような割れ方をします。作業としては、温度を少し行き来させただけで、材料や配合を変えたわけではありません。それでも、「割れる」という単純な動作の中に、これほど明確な差が現れたことは印象的でした。

この経験を通して、チョコレートのおいしさは、味付けや香り以前に、中でどのような状態がつくられているかに大きく左右されているのではないか、と感じるようになりました。実際、チョコレート職人の世界でも、おいしさを見分ける際に注目されるのは、味そのものだけではありません。表面のつやや割れ方、口に入れたときの溶け方は、チョコレートの中の状態が、そのまま表に出てきたものです。

では、テンパリングの有無によって生まれた、あの「パリッ」という違いは、チョコレートの中で何が変わった結果なのでしょうか。
今回は、作業手順やコツから少し離れて、チョコレートの内部で起きている現象を、科学の視点から少しだけ整理してみたいと思います。

2. チョコレートは、結晶が性質を決める食品

チョコレートは、一見すると均一な固体に見えますが、内部は単純ではありません。
ココアバターが結晶として固まり、その間を埋めるように、カカオマス、砂糖、粉乳といった微粒子が分散した構造をしています。

図:一般的なチョコレートの内部構造を模式的に示したもの
ココアバター結晶の中に、カカオマス、砂糖、粉乳などの微粒子が分散している

図の中で、茶色がかった黄色い部分がココアバターの結晶です。
この結晶が、チョコレート全体の骨格をつくっています。
その中に、茶色で示したカカオマス、水色で示した砂糖、黄色で示した粉乳の粒子が、細かく混ざり込んでいます。

重要なのは、チョコレートが「油脂のかたまり」ではなく、結晶化した油脂が、固体粒子を抱え込んだ構造をしている点です。
物性の観点から見ると、このような食品は、食品物性の分野では「固体脂食品」と呼ばれることがあります。

このココアバター結晶の状態が、
・割ったときの感触
・溶け始める温度帯
・口の中でのほどけ方

を同時に決めています。

つまりチョコレートのおいしさは、香りや甘さだけでなく、内部でどのような結晶構造が組まれているかによって、大きく左右されているのです。
私たちは、知らず知らずのうちに、チョコレートの味だけでなく、その結晶の状態を一緒に味わっている、ということができます。

3. 口どけは「溶ける温度」ではなく、「溶け方」で決まる

チョコレートは「体温で溶ける」とよく言われますが、実際には、ゆっくりだらだらと溶けていくわけではありません。特徴的なのは、ある温度域を境に、状態が急に変わることです。

25℃前後までは、チョコレートは形を保ったまま、しっかりとした固さを感じさせます。しかし30℃を超えるあたりから、短い温度範囲の中で一気にやわらかくなり、流動的な状態へと移っていきます。この「ゆっくりではなく、切り替わるように変わる」性質こそが、チョコレートらしい口どけを生み出しています。
そのため、手で持っている間は溶けにくいのに、口に入れた瞬間に、形を保っていた状態が一気に崩れていきます。

大切なのは、単に溶けるかどうかではなく、どの温度帯で、どのように状態が変わるかです。チョコレートのおいしさを左右しているのは、「何度で溶けるか」ではなく、「どう溶けていくか」だと言えます。

4. 結晶は一種類ではない ― 多形と時間の影響

ここで重要になるのが、結晶には一つの形だけがあるわけではない、という点です。カカオバターは、同じ成分でありながら、分子の並び方が異なる複数の結晶状態をとります。このように、同じ物質が異なる結晶構造を持つことを、多形と呼びます。

それぞれの結晶状態は、溶け始める温度や安定性が異なります。どの結晶が多く含まれているかによって、チョコレートの割れ方や口どけの印象も変わってきます。

さらに、これらの結晶状態は時間と無関係ではありません。作った直後のチョコレートと、数日後、数週間後のチョコレートとでは、内部の結晶の組み合わせが少しずつ変化していることがあります。より安定な結晶構造へと、ゆっくり移り変わっていくためです。

チョコレートは、完成した瞬間で状態が固定される食品ではありません。時間の経過とともに内部構造が変わり続ける、動きのある結晶の集合体でもあります。

5. テンパリングとは ― チョコレートの状態を整える操作

テンパリングとは、
チョコレートを「正しく仕上げるための決まった作業手順」というより、
チョコレートの状態を、おいしい方向に整えていく操作です。

チョコレートを溶かして固めると、
内部ではカカオバターがさまざまな形で固まります。
その並び方によって、
割れ方や口どけ、後味の印象が変わります。 テンパリングでは、
こうした結晶の並び方を一種類だけにそろえることはできません。
代わりに行っているのは、
おいしいとされる結晶構造に近い状態が生じやすくなるよう、条件を整えることです。

図:テンパリングの流れ
①チョコレートを溶かす(50~55℃)→ ②溶かしたチョコレートを冷水につけ、混ぜながら27℃前後まで冷ます → ③31~32℃まで温度を上げる

まず①では、
チョコレートを十分に温め、
それまでにできていた結晶の影響をいったん弱めます。

次に②で、
温度を下げながら混ぜ続けます。
この段階で、
チョコレートの中では新たな結晶が生まれ始めます。
その中には、
あとで食感や口どけに良い影響を与える並び方も含まれています。

最後に③で、
温度を少し戻します。
すると、
不安定な状態は減り、
ねらった性質につながる状態が残りやすくなります。

この一連の操作は、
結晶を選び分けるというよりも、
温度と時間を使って、チョコレートの状態をおいしい方向へ寄せていく調整だと考えると分かりやすいでしょう。

ただし、
原料や作業環境、時間の影響までを、
完全にそろえることはできません。
同じ手順で行っても、
内部の状態が毎回まったく同じになるとは限りません。

テンパリングは、
正解を一つ作り出すための操作ではありません。
割れ方や口どけといった性質が、
現れやすい方向へチョコレートの状態を整えるための調整です。

6. 状態を見る、ということ

ここまで見てきた理屈は、正しい作り方を覚えるためのものではありません。チョコレートは、結晶状態に幅を持った素材であり、完全に同じ状態を毎回再現することを前提にすることはできません。だからこそ重要なのは、今どんな状態にあるのかを捉え、その上で判断することです。

見た目を優先するのか、口どけを重視するのか、時間とともに変化することをどう考えるのか。理屈を知ることで、こうした違いを「うまくいかなかった結果」ではなく、状態の違いとして受け取ることができるようになります。

カルサイラボが大切にしているのは、答えを一つにそろえることではありません。途中の状態を見ながら、次にどうするかを考えることです。チョコレートは、そのための題材の一つにすぎません。 理屈は、正解を覚えるためにあるのではなく、次の一手を考えるためにあります。

7. 参考文献

・上野 聡ら「チョコレートのおいしい物理学」日本物理学会誌, 71(11), 767–771.
 https://www.jstage.jst.go.jp/article/butsuri/71/11/71_767/_pdf/-char/ja

・化学工学会 夢化学委員会「チョコレート―そのおいしさを科学する」
 https://www.scej.org/docs/higher/highschool-web/chocolate_youshi.pdf

カルサイラボでは、体験の場を設けています。
コラムで書いたような「比べて、感じて、考える」時間を、実際に台所で体験していただけます。

体験教室のページはこちら