砂糖と糖質を整理する:科学的視点と日本の食卓から
1. はじめに:砂糖も糖質も「避けるべきもの」?
これまでのコラムでは、「白砂糖は体に悪い」という誤解の検証に始まり、砂糖の保存性や加熱による香りと風味の科学的な変化、温度ごとの性質の変化の可視化、さらには、WHO(世界保健機関)の摂取基準や健康リスク、制度比較、人工甘味料の特徴とリスク評価など、多方面から「砂糖」と向き合うための手がかりを探ってきました。
そうした積み重ねから見えてきたのは、砂糖には多面的な性質があり、単なる「甘味料」以上の役割を担っているということです。たとえば、保存性や香りに関わる技術的な機能としての砂糖、あるいは味覚としての甘さが健康に与える影響――このように、「砂糖」が果たす役割は一面的ではありません。
また、近年では「糖質=太る原因」「甘いもの=悪」といったイメージが広まり、その延長で砂糖だけでなく、でんぷんなどの本来性質の異なる糖質までもが、一括して「控えるべきもの」とみなされがちになっています。
なかでも、でんぷんを主成分とする“ご飯”は、日本人にとって長く主食とされてきた重要なエネルギー源です。それにもかかわらず、糖質という括りだけで避けられる傾向があるのは、少し立ち止まって考える必要があるのではないでしょうか。
そこで、今回は、砂糖をテーマにしてきた本コラムシリーズの第10回として、これまでの総まとめとなる内容を踏まえながら、「砂糖」と「糖質」の違いを整理し、それぞれとどう付き合っていくべきかを一緒に考えてみたいと思います。
2. 炭水化物・糖質・糖類の違い
これまで砂糖を中心に、その役割や付き合い方について考えてきましたが、砂糖と糖質の関係を正しく理解するには、それぞれが栄養学上どのような位置づけにあるのかを知ることが大切です。ここでは、日本の栄養学における炭水化物の分類をもとに、砂糖と糖質の関係を整理してみましょう。
図1では、炭水化物がどのように分類されているかを示しています。糖質はさらに「糖類」と「多糖類」に分かれ、ショ糖(砂糖)やでんぷんの位置づけを視覚的に整理しています。
まず、図1に示す通り、「炭水化物」は、私たちの食事に欠かせない栄養素の一つで、大きく「糖質」と「食物繊維」の2つに分けられます。
このうち「糖質」は、体のエネルギー源となる成分で、日本の栄養学ではさらに「糖類」と「多糖類」に分類されます。
糖類は、甘味を感じる性質をもつ炭水化物で、「単糖類」と「二糖類」に分類されます。単糖類にはブドウ糖や果糖、二糖類にはショ糖(砂糖)、乳糖、麦芽糖などが含まれます。砂糖はこの二糖類に分類され、甘味の代表的な存在として知られています。
一方、多糖類は、でんぷんのように甘味がほとんど感じられないものの、体内でゆっくりと分解されてブドウ糖となり、持続的なエネルギー源として働きます。ご飯やパン、いも類などの主食に多く含まれています。
もう一つの「食物繊維」は、同じく炭水化物に分類されますが、体内では消化吸収されず、エネルギー源にはなりません。水に溶ける「水溶性」と、溶けない「不溶性」に分けられ、腸内環境を整えたり、便通を改善したりと、健康維持に大切な役割を果たしています。
つまり、炭水化物とは、「糖質」と「食物繊維」を含む広い概念であり、糖質とは、エネルギー源になる炭水化物、糖類とは、糖質の中でも甘味をもつ単糖類や二糖類のことです。

図1 炭水化物の分類(日本の栄養学に基づく):
炭水化物は「糖質」と「食物繊維」に大別され、それぞれに下位分類があります。
砂糖(ショ糖)は「糖質」の一種であり、「糖類(二糖類)」に分類されます。
なお、「糖質」という言葉は、実は日本独自の分類用語であり、国際的な栄養学の場ではあまり使われていません。表1では、日本語の用語と、それに最も近い意味を持つWHOやFAO(国連食糧農業機関)の国際的な用語とを対応させています。この表は、日本語と国際的な炭水化物分類用語の違いを比較し、日本の「糖質」や「糖類」といった用語の位置づけを整理しています。(スマートフォンなどでは、表を横にスクロールしてご覧ください。)
たとえば、WHOやFAOでは、「糖質」にあたるものを、Available carbohydrates(利用可能炭水化物)と表現しています。これは「体内で消化吸収され、エネルギー源となる炭水化物」という意味であり、砂糖やでんぷんなどが含まれます。
一方、エネルギーにならない「食物繊維」は、Unavailable carbohydrates(未利用炭水化物)や、Dietary fibre(食物繊維)として区別されます。
こうした国際的な用語の違いを理解しておくことは、栄養や健康に関する情報を多角的にとらえるうえで重要です。
表1 日本語の炭水化物関連用語とその説明
用語(日本) | 英語(WHO/FAO) | 説明 |
炭水化物 | Carbohydrates | 糖質と食物繊維をあわせた広い栄養素の分類 |
糖質 | Available carbohydrates (利用可能炭水化物) | エネルギー源になる炭水化物(砂糖+でんぷん) ※日本語の「糖質」に、「Available carbohydrates」が最も対応する |
糖類 | Sugars | 甘味をもつ炭水化物。単糖類・二糖類が該当 |
多糖類 | Starch | 体内でブドウ糖に分解されエネルギー源となる |
食物繊維 | Unavailable carbohydrates(未利用炭水化物) / Dietary fiber | 消化吸収されず、腸内環境の改善など健康維持に寄与する成分 |
WHO:世界保健機関;FAO:国連食糧農業機関
3. 砂糖は制限すべき「し好品」、でんぷんは?
ケーキやお菓子、ジュースなどに使われる砂糖は、私たちの嗜好に応えるために加えられたものであり、栄養素として必須なものではありません。このような砂糖は、「し好品」として扱われます。
WHOは、食品や飲料に加えられた砂糖やシロップ、果汁濃縮物などをまとめて、「自由糖類(Free Sugars)」と定義しています。
これには、砂糖だけでなく、ブドウ糖、果糖、はちみつ、濃縮果汁なども含まれます。WHOは、自由糖類の摂取を1日25g(総エネルギーの5%未満)に抑えるよう呼びかけています。
その理由には以下のような科学的根拠があります。
- 虫歯(う蝕)のリスク増加
- 清涼飲料水などの多量摂取による肥満・2型糖尿病のリスク
- 甘味による満足感で他の栄養素の摂取が減るなど、栄養バランスの偏り
こうした健康影響については、因果関係が明確に認められています。
一方、ご飯やパン、いも類などに含まれるでんぷんは、体内でゆっくりと分解されてブドウ糖となり、日々の活動に必要な持続的なエネルギー源として利用されます。こちらも“糖質”に分類されますが、自由糖類とは性質も働きも大きく異なります。
しかし近年、「糖質=太る」「ご飯=控えるべき」といったイメージが広まり、自由糖類とでんぷんが同じように扱われることも少なくありません。
実際には、でんぷんは本来、私たちの体にとって必要な栄養素であり、適量を摂る限り健康上の問題はありません。
WHOも、自由糖類の摂取は制限すべきとしていますが、主食に含まれるでんぷんについては制限を設けていません。
むしろ、「加工度が低く、食物繊維が豊富な炭水化物」は積極的に摂ることを推奨しています。
つまり、でんぷん=避けるべき糖質という考え方は、科学的にも制度的にも支持されていないのです。
4. 糖質制限は誰のためのもの?
糖質制限は、糖尿病や肥満のリスクがある人にとっては有効な場合もあります。
しかし、健康な人や高齢者が、必要以上に糖質を制限すると、
- エネルギー不足
- たんぱく質やカルシウムなどの栄養不足
- 筋力の低下やフレイル(虚弱)
といった別の健康リスクにつながる可能性もあります。
すべての人が「糖質を制限すべき」なのではありません。
大切なのは、自分の体調や活動量に応じて、“量と質を調整する”という視点です。
▷ たとえば、こんな工夫
- ご飯を少なめにして、野菜や大豆・魚を増やす
- 甘いおやつの回数を減らし、主食はしっかり食べる
- 夜より昼に糖質を多めに摂ることで、摂取したエネルギーを日中の活動に有効に使いやすくする
▷ ご飯の量と栄養バランスをどう考えるか
日本の栄養学では、主食(ご飯やパン、麺など)を中心に炭水化物を摂ることが基本とされています。
ご飯は茶碗1杯(約150g)を1食分の目安とし、1日に数杯程度を摂ることが多いですが、適量は活動量や体調によって変わります。
ご飯で満腹になりすぎて、おかず(たんぱく質など)を十分に摂れないと、栄養不足や筋力低下につながるおそれもあります。
とくに高齢者にとっては、主食を“減らす”ことよりも、自分に合ったバランスで“食べる力”を維持することが重要です。
5. まとめ:最終的に、甘さや糖質とどうつきあうか
これまでのコラムでもたびたび触れてきたように、日本では砂糖が「し好品」だけでなく、「調味料」としても広く使われてきたという特徴があります。
煮物や照り焼き、酢の物などに加える砂糖は、「甘さ」としてだけでなく、コクやてり、味のまとまりを出す役割も担っており、和食の味づくりに欠かせない存在です。
こうした使い方は、欧米と比べて「料理の中に甘さが溶け込んでいる」日本独自の食文化といえるでしょう。
ちなみに、WHOが制限を呼びかけている「自由糖類」には、家庭で調理中に加えた砂糖も含まれます。
つまり、ジュースやお菓子に加えられた糖と同様に、日常の調理で使われる砂糖も健康上の配慮が必要な対象とされているのです。
これは、糖の種類や用途にかかわらず、体内では同じように代謝され、血糖や肥満、虫歯などに関与するためです。
ただし、和食における砂糖の役割は、単なる「甘味づけ」ではなく、料理全体の調和に関わる重要な要素です。
文化や味覚の背景をふまえたうえで、「使い方を工夫する」「量を意識する」という柔軟な姿勢が、日本における“砂糖とのつきあい方”の現実的な方向かもしれません。
最後に、私たちが砂糖や糖質とどう向き合っていけばよいのかを整理しておきましょう。
- 砂糖は、必要に応じて“控える”意識を。
- ご飯やパンなどの糖質は、“調整”して上手に取り入れる。
- 「糖=悪者」と決めつけず、「素材の特性」と「食べ方の工夫」に目を向ける。
そうすることで、無理なく、楽しく、納得感のある食生活が近づいてくるはずです。
参考資料
- 世界保健機関(WHO)(2015). 「Guideline: Sugars intake for adults and children」
https://www.who.int/publications/i/item/9789241549028 - 国連食糧農業機関(FAO)(1998). 「FAO Food and Nutrition Paper 66: Carbohydrates in human nutrition」
https://www.fao.org/3/w8079e/w8079e00.htm