甘さは設計されている― 砂糖をめぐる4つの視点
1. はじめに―甘さは偶然ではない
砂糖の話になると、「甘いものを控えるべきかどうか」という議論になりがちです。
健康との関係を考えることは、もちろん大切です。
けれども、私たちが日々手に取っている食品の甘さは、単に個人の好みだけで決まっているわけではありません。
これまでのコラムでは、飲みものの甘さがどのように段階的に調整されているのか、
また、企業がどのような栄養基準を持って商品を設計しているのかを見てきました。
そこから見えてきたのは、
甘さは自然に決まっているのではなく、
さまざまな考え方や条件の中で少しずつ決められているということです。
今回は、その流れを少し整理しながら、砂糖をめぐる議論を四つの視点―
科学、商品設計、企業基準、制度―から見てみたいと思います。
この四つの視点を並べてみると、甘さがどのように決まっているのかが、少し立体的に見えてきます。
私たちが日々口にしている「甘さ」も、実はさまざまな考え方の中で設計されているものなのです。
2. 第一の視点 ― 科学(健康と栄養)
まず一つ目は、科学の視点です。
たとえば世界保健機関(WHO)は、自由糖の摂取量について、「総エネルギーの10%未満」という目安を示しています。
これは、砂糖を禁止するという話ではありません。
食品や飲料に加えられた糖の摂取量が多くなりすぎると、肥満や非感染性疾患のリスクが高まることから、
人口全体としてどの程度に抑えるのが望ましいかを示したものです。
ここで大切なのは、この数字が個人の一回一回の食事を直接決めるためのものではない、という点です。
WHOが見ているのは、ある人が今日デザートを食べたかどうかではありません。
社会全体の平均摂取量が、どの方向に動いているかです。
つまり、砂糖をめぐる議論の出発点には、健康リスクを社会全体として
どのように管理するかという考え方があります。
WHOは砂糖そのものを問題にしているというより、
自由糖の過剰摂取を社会全体の健康リスクとして捉えています。
3. 第二の視点 ― 商品設計
二つ目は、商品設計の視点です。
前々回のコラムでは、飲みものの甘さが一気に変わるのではなく、少しずつ調整されることを紹介しました。
ゼロシュガー商品の拡充、小容量化、レシピの改良。
こうした方法は、単に糖を減らすためだけのものではなく、
味の違和感をできるだけ小さくしながら、
平均的な摂取量を動かすための工夫でもあります。
ここで行われているのは、「甘さをなくす」ことではありません。
香りや酸味、炭酸の刺激、濃度の感じ方などを調整しながら、同じような満足感を保ち、
そのうえで、糖の量を少しずつ調整していくのです
甘さは、味の全体設計の中で扱われています。
飲みものの甘さは、好みだけで決まるように見えて、実際にはかなり丁寧に設計されているのです。
私たちが「前より少し飲みやすい」「ゼロでも思ったより違和感がない」と感じるとき、
そこには商品設計の工夫が入っています。
4. 第三の視点 ― 企業基準
三つ目は、企業の基準という視点です。
世界で食品を展開する企業の中には、各国の制度に対応するだけでなく、
自社で独自の栄養基準を持っているところがあります。
前回取り上げたユニリーバは、その一例です。
ユニリーバは、自社の食品に対して独自の栄養基準を持ち、
商品カテゴリーごとに糖、塩分、飽和脂肪酸などの上限値を定めています。
しかも、それは新商品の開発だけでなく、既存商品の見直しにも用いられています。
ここで見えてくるのは、甘さを「あとから減らす」のではなく、最初から基準の中で設計するという発想です。
味を犠牲にするのではなく、「おいしさ」と「基準」を両立させることが前提になっています。
こうした基準は、特定の国の規制に合わせるためだけのものではありません。
むしろ、世界で動いている栄養政策の流れを見ながら、企業として共通の考え方を持つための枠組みだと言えます。
5. 第四の視点 ― 制度と日本の位置づけ
四つ目は、制度の視点です。
世界では、栄養表示や健康政策を通じて、食品環境そのものを動かそうとする取り組みが進んでいます。
たとえば欧州のNutri-Score、英国のHFSS規制、中南米の警告ラベル、ASEANのHealthier Choiceなど、
形はさまざまですが、共通しているのは「消費者に分かりやすく伝えること」と「市場全体を少しずつ動かすこと」です。
企業は、こうした制度が正式に始まってから慌てて対応するのではなく、その前の議論や方向性を見ながら先に設計を考えています。
制度は決まった瞬間にだけ効くのではありません。
議論されている段階から、企業の設計や戦略に影響を与えているのです。
一方、日本では、健康日本21のように数値目標は示されていても、企業の商品設計を直接動かす政策は、比較的穏やかです。
情報提供や教育、個人の選択に重きを置く傾向があり、海外で見られるような前面表示や警告型の制度は限定的です。
そのため、世界の制度動向を先読みして動けるグローバル企業と、日本国内の制度の範囲で対応する企業とのあいだには、
どうしても差が出ます。
これは日本企業が怠慢だという話ではありません。市場規模、研究開発体制、制度環境の違いも大きいからです。
ただ、同じ商品でも、その背景にある設計思想には差があることを、私たちも知っておいてよいことなのかもしれません。

6. 甘さは設計の対象である
こうして見てみると、甘さは、
科学
商品設計
企業基準
制度
という四つの視点の中で決まっていることがわかります。
甘さは、単なる好みでも、単なる自己責任でもありません。
もちろん、最終的に何を選ぶかは個人の判断です。
けれども、その選択肢そのものが、すでにさまざまな考え方の中で設計されています。
だからこそ、消費者も、そうした背景を知ったうえで商品を選ぶことが大切なのだと思います。
味や価格だけでなく、その商品がどのような考え方の中で作られているのか。
そこまで少し意識できると、食品の見え方も少し変わってくるかもしれません。
そしてもう一つ大切なのは、私たち自身も一日を通して甘さを設計するということです。
朝に甘い飲みものを飲む日もあれば、
午後にお菓子を食べる日もある。
夕食後にデザートを楽しむ日もあります。
そのときどきの食事を見ながら、
「今日はこのくらいにしておこう」
「今日はここで十分かな」
と考えることは、自分で一日の甘さを設計しているということでもあります。
私たちの台所でも、似たことは起きています。
最初から目安を決めて味を整える。
企業が基準を持って商品をつくるのも、考え方としてはそれに近いのかもしれません。
甘さは、敵ではありません。
どのくらいにするのかを考えながら付き合っていくものです。
その意味で、甘さは私たちの暮らしの中でも「設計の対象」と言えるのかもしれません。

