テンパリングのその先 ― チョコレートはどこまで設計できるのか

1. はじめに ― テンパリングの「先」にあるもの

これまで2回にわたり、チョコレートを題材に、状態の違いとその背景を見てきました。
第1回(2026年1月27日号)では、テンパリングの有無によって、割れ方や口どけがはっきり変わることを、体験を通して確かめました。
第2回(2026年2月3日号)では、その違いが偶然ではなく、チョコレート内部の結晶構造に由来することを、科学の視点から整理しました。

すると、次の問いが浮かびます。
テンパリングとは、チョコレートにとって「唯一の正解」なのでしょうか。
あるいは、目的に応じて、異なる状態を意図的につくり分けることもできるのでしょうか。

今回は、テンパリングをゴールとするのではなく、
チョコレートはどこまで狙って状態を設計できる素材なのかを考えてみたいと思います。

2. テンパリングは「目的」ではなく「手段」

テンパリングは、長い間「正しいチョコレートを作るための工程」として位置づけられてきました。
つやがあり、パリッと割れ、口どけがよい状態。

そのために必要な作業として、温度操作の手順が確立されてきた背景があります。

ただし、科学的に見れば、テンパリングそのものが目的なのではありません。
目的はあくまで、割れ方、溶け方、安定性といった性質を、用途や狙いに応じて望ましい方向に導くことです。

テンパリングは、その目的を比較的安定して達成できる方法として、選ばれてきました。

だからこそ、テンパリングは「唯一の正解」なのではなく、
数ある手段の中で、長く使われてきた有効な方法の一つだと捉える方が自然です。

3. 結晶は、温度だけで決まるものではない

前回のコラムで見たように、チョコレートの性質を決めているのは、ココアバターの結晶状態です。
そして、その結晶は、単に冷やせば勝手に同じ形で並ぶわけではありません。

結晶が生まれ、育つ過程には、温度だけでなく、
混ぜ方、時間のかけ方、粒子の存在といった要因が関わっています。

結晶は「できるもの」ではなく、条件によって誘導されるものです。
この視点に立つと、テンパリングは、温度を使った結晶制御の一例にすぎないことが見えてきます。

4. 口どけの正体 ― 油脂はどう溶けるよう設計されているか

結晶の状態は、見た目だけでなく、口に入れたときの「溶け方」としても現れます。
チョコレートを食べると、「手がべたつくもの」と「そうでないもの」があることに気づきます。

この違いは、砂糖やカカオの量の差ではありません。
鍵を握っているのは、油脂がどの温度で、どのように溶けるかです。

チョコレートの主な油脂であるココアバターは、室温では固体を保ち、30℃前後で一気に溶けるという、
非常に特徴的な性質をもっています。

これは、ココアバターの中に、融点の高い脂肪酸の組み合わせをもつ分子が多く含まれているためです。

ココアバターに多く含まれる代表的な分子は、以下の構造からなります。
POP(パルミチン酸–オレイン酸–パルミチン酸)
POS(パルミチン酸–オレイン酸–ステアリン酸)
SOS(ステアリン酸–オレイン酸–ステアリン酸)

これらは、室温では安定し、体温付近で一気に性質が変わりやすい、チョコレートらしい溶け方に関わる分子です。

この性質によって、口に入れるとすっと溶ける一方で、手の温度に近い条件で溶けやすい、という側面も生まれます。

※POP、POS、SOSは、P(パルミチン酸)、O(オレイン酸)、S(ステアリン酸)からなる、トリアシルグリセロール分子の略称で、ココアバターに多く含まれる高融点成分です

5. 「手につきにくい」は、油脂の設計の結果

例えば、明治のチョコレート菓子「ガルボ」は、手につきにくいチョコレートとして知られています。
これは、単に表面を加工しているからではありません。

一般的なチョコレートでは、油脂が手の温度に近い条件で、
表面で溶けやすくなり、「べたつき」として感じられます。

一方、ガルボでは、室温付近では油脂が構造の中にとどまり、
手に触れている部分でも、溶けにくい状態が保たれています。

それでいて、口に入ると、体温によって油脂が溶け始め、
チョコレートらしい溶け方へと切り替わります。

この切り替えは偶然ではなく、
油脂の種類や組み合わせ、結晶の性質や配置まで含めて調整された結果です。

ここでは、テンパリングとは異なる考え方で、
「どの場面で、どう振る舞うか」を意識した設計がなされています。

写真① 手につきにくいチョコレート菓子「ガルボ」
写真② ガルボの外観と断面(表面と内部の構造)

6. 油脂は、味だけでなく「触感」を決めている

油脂というと、「コク」や「口どけ」といった味の話になりがちです。

しかし、実際には、油脂は触ったときの感覚にも大きく関わっています。
べたつくか、さらっとしているか。
手に残るか、残らないか。

それらは偶然ではなく、油脂の融点や結晶の性質をどう使うかを考えた、設計の結果です。

料理や食品を考えるとき、油脂は「入れるか、入れないか」ではなく、「どう振る舞うか」を考える素材なのだと思います。

7. おわりに ― チョコレートは「完成しない素材」

チョコレートは、作った瞬間で完成する素材ではありません。
内部の結晶状態は、時間とともに少しずつ変化し続けます。

だからこそ重要なのは、
「正しく作れたかどうか」ではなく、
「今、どんな状態にあるのか」を見ることです。

テンパリングも、ガルボの製法も、そのための手段にすぎません。

状態を比べ、感じ、考える。
その積み重ねの中で、次にどうするかを判断していきます。

カルサイラボが大切にしているのは、そうした視点です。

チョコレートは、その考え方を実感しやすい題材の一つでした。
だからこそ、ここまで掘り下げてきたのだと思います。

8. 参考文献

・上野 聡ら「チョコレートのおいしい物理学」日本物理学会誌, 71(11), 767–771.
 https://www.jstage.jst.go.jp/article/butsuri/71/11/71_767/_pdf/-char/ja

・化学工学会 夢化学委員会「チョコレート―そのおいしさを科学する」
 https://www.scej.org/docs/higher/highschool-web/chocolate_youshi.pdf

・株式会社 明治ホームページ「ガルボ」
 https://www.meiji.co.jp/products/brand/galbo/

カルサイラボでは、体験の場を設けています。
「比べて、感じて、考える」時間を、実際に台所で体験していただけます。

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