「健康への悪影響がない量」は、どう決められるのか ― ADIと安全係数の考え方 ―
1. はじめに
前回のコラムでは、食品の安全性は、
・どのような健康への悪影響が考えられるのか
・どのくらいの量で影響が現れるのか
・実際にどのくらい摂取するのか
・それらを比べて判断するのか
という4つの視点から評価されていることを見てきました。
食品添加物や農薬などの安全性を考えるときには、
「その成分にどのような性質があるのか」だけでなく、
「実際にどれくらい摂るのか」も合わせて考えることが大切です。
では、「健康への悪影響がないと考えられる量」は、
どのように決められているのでしょうか。
今回は、安全性評価でよく使われるADI(許容一日摂取量)という考え方を
見ていきたいと思います。
2. ADIとは何だろう
ADIとは、Acceptable Daily Intakeの略で、
日本語では許容一日摂取量と呼ばれます。
少し難しく聞こえますが、ここではできるだけ平易に説明します。
ADIとは、人が一生にわたって毎日摂取し続けても、
健康への悪影響がないと考えられる量のことです。
ここで大切なのは、ADIは「積極的に摂った方がよい量」ではない、
ということです。
食品添加物や農薬などについて安全性を評価するときには、
実際に摂取すると考えられる量と、このADIを比べて考えます。
つまり、ADIは、食品に含まれる成分の安全性を考えるときの、
ひとつの目安として使われているのです。
3. ADIはどのように決められるのか
では、ADIはどのように決められるのでしょうか。
まず、動物を用いた試験などによって、その成分をある期間与えたときに、
どのくらいの量で健康への悪影響が現れるのかを調べます。
試験では、量を変えながら観察し、健康への悪影響が見られなかった量を探します。
この量は、専門的にはNOAEL(無毒性量)と呼ばれます。
ただし、この動物のNOAELをそのまま人に当てはめるわけではありません。
人に当てはめるときには、動物試験の結果であることや、
人の中にも個人差があることを考えて、余裕を持たせる必要があります。
そこで、安全係数を用います。
たとえば、動物と人の違いを考えて10分の1、個人差を考えてさらに10分の1とし、
結果としてNOAELの100分の1の量をADIとして考えることがよくあります。
こうして、健康への悪影響が見られなかった量から、
余裕を持たせて求められた量がADIになります。
図にすると、健康への悪影響が見られなかった量を出発点にし、
安全係数によって余裕を持たせてADIを求める、という流れになります。

4. なぜ安全係数を用いるのか
3章では、ADIを求めるときに、安全係数を用いて余裕を持たせることを見てきました。
では、なぜこのような余裕が必要なのでしょうか。
まず、安全性評価で使われるデータの多くは、人ではなく動物を用いた試験から得られます。
しかし、動物と人では、体のつくりや成分の受け止め方が同じとは限りません。
そのため、動物で健康への悪影響が見られなかった量を、
そのまま人に当てはめるのではなく、余裕を見ておく必要があります。
さらに、人の中にも違いがあります。
年齢、体格、体質などは人によって異なります。
同じ量を摂取しても、人によって受け方が違う可能性があります。
食品は、このように年齢や体格、体質の異なる多くの人が口にするものです。
安全係数は、こうした動物と人の違いや、人の中での個人差を
考慮するための工夫です。
言いかえれば、ADIは、健康への悪影響が見られなかった量を
そのまま使うのではなく、動物と人の違いや個人差を考えて、
さらに余裕を持たせて決められた値なのです。
5. ADIを超えたら、すぐに問題になるのだろうか
ここで、もう一つ大切な点があります。
ADIは、一日だけ少し超えたらすぐに健康への悪影響が出る、
という意味の数字ではありません。
ADIは、一生にわたって毎日摂り続ける場合の目安です。
そのため、ある日に一時的に少し上回ったからといって、
ただちに健康への悪影響が出ると考えるものではありません。
もちろん、だからといって、超えても気にしなくてよい、という意味ではありません。
大切なのは、日々の摂取量全体を見ながら、長い目で安全性を考えることです。
ADIは、安全性をかなり慎重に見積もったうえで設定されているので、
その値の意味を落ち着いて理解することが大切です。
6. ADIはどのように使われているのか
ADIは、単に「数字として示されるだけ」ではありません。
実際には、食品添加物の使用基準や、農薬の残留基準などを考えるときの
土台として使われています。
たとえば、農薬では、国が食品ごとの残留基準を定めるときに、
食事全体を通じて摂取すると考えられる量がADIを超えないかを確認します。
食品添加物についても、安全性評価の結果をもとに、
使用できる食品や使用量などの基準が検討されます。
つまり、私たちが日常の中で直接ADIを計算しなくても、
その考え方は、食品のルールづくりの後ろ側で活用されているのです。
前回のコラムで見た「実際にどのくらい摂るのかを調べる」という作業も、
ここにつながっています。
安全性評価は、単に数値を決めるだけで終わるのではなく、
こうした基準づくりに結び付いているのです。
7. おわりに
今回は、食品の安全性評価でよく使われる、
ADI(許容一日摂取量)について見てきました。
ADIは、人が一生にわたって毎日摂取し続けても、
健康への悪影響がないと考えられる量です。
その値は、動物試験などから得られたNOAELをもとにしながら、
動物と人の違いや、人の中での個人差などを考えて、安全係数を用いて決められます。
つまり、ADIは、NOAELをそのまま人に当てはめるのではなく、
さらに余裕を持たせて設定された目安なのです。
次回は、このADIと実際の摂取量がどのように比べられているのか、
そして、食品添加物や農薬の基準がどのように考えられているのかを、
もう少し具体的に見ていきたいと思います。
現在、カルサイラボでは体験教室へのご参加を募集しています。
以前のコラムでご紹介しているような、
「材料や作り方を少し変えると、食感や仕上がりはどう変わるのか」を、
実際に作りながら考えてみたい方は、ぜひご参加ください。
カルサイラボ体験教室のご案内はこちら
8. 参考資料
・食品安全委員会「一日摂取許容量(ADI)とは?」
https://www.fsc.go.jp/emerg/adi.pdf
・食品安全委員会「食の安全ダイヤルに寄せられた質問等Q&A(リスク評価全般)」
https://www.fsc.go.jp/dial/dialqa20170608_2.html#a200
・厚生労働省「残留農薬 よくある質問」
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/zanryu/faq.html

