遊離糖類は、どのように評価されているのか ― WHOのガイドラインをリスク評価の視点から見る ―
1. はじめに
前回のコラムでは、遺伝子組換え食品について、従来食品との違いを見つけ、
その違いについて必要な評価を行う、という考え方を見てきました。
今回は、もう少し性質の違う例として、WHOの遊離糖類ガイドラインを取り上げます。
遊離糖類は、食品添加物のように、特定の物質の使用について
一つずつ評価するものではありません。
また、遺伝子組換え食品のように、従来食品と比べて「どこが変わったのか」を
直接見るものでもありません。
一方で、遊離糖類も、摂取量と健康への悪影響との関係を見るという点では、
食品の安全性評価やリスク評価の考え方とつながっています。
糖類は、食品の中に昔から含まれている身近な成分です。
しかし、清涼飲料水や加工食品などを通じて、摂取しやすい形で糖類を多く摂る機会が増えたことで、
摂取量と健康への悪影響との関係が問題として見られるようになりました。
つまり、糖そのものが新しい問題になったというよりも、
糖類を摂取しやすい食品や飲料が増えたことで、
従来とは異なる摂取量や摂り方が問題になってきたと考えることができます。
その意味では、遊離糖類の評価も、何を対象にし、どのくらい摂取し、
どのような健康への悪影響と関係するのかを分けて考える例として見ることができます。
今回は、WHOが遊離糖類をどのように定義し、摂取量と健康影響の関係をどのように評価しているのかを、
リスク評価を考える視点から見ていきたいと思います。
2. 「自由糖」から「遊離糖類」へ
ここで、まず用語を整理しておきます。
これまでの砂糖に関するコラムでは、WHOの “free sugars” を、
一般向けに「自由糖」と表現してきました。
以前のコラムでも、自由糖には、食品や飲料に添加された単糖類・二糖類に加えて、
はちみつ、シロップ、果汁、濃縮果汁に自然に存在している糖類も
含まれると説明しました。
今回の食品安全性評価シリーズでは、少し専門的な整理として、
「遊離糖類」という表現を使います。
ここでいう「自由糖」と「遊離糖類」は、
どちらもWHOの “free sugars” を指す言葉として用いています。
遊離糖類は、単に「白砂糖」だけを指すものではありません。
食品や飲料に加えられた糖類だけでなく、
はちみつ、シロップ、果汁、濃縮果汁に由来する糖類も含みます。
一方で、果物や野菜そのものに含まれる糖や、牛乳に含まれる乳糖は、
WHOの遊離糖類の対象には含まれません。
ここで大切なのは、「自然か人工か」だけで分けているのではないということです。
WHOが見ているのは、その糖がどのような形で、どのくらい摂取されることで、
健康への悪影響につながる可能性があるか、という点です。
3. なぜ「遊離糖類」を評価対象にしたのか
化学物質リスク評価では、まず評価対象を明確にします。
食品添加物であれば、評価対象となる物質を決めます。
農薬であれば、対象となる農薬成分を決めます。
遺伝子組換え食品では、従来食品と比べて変化した可能性のある部分を見つけます。
では、遊離糖類の場合は、何を評価対象にしているのでしょうか。
糖類は、食品の中に昔から含まれている成分です。
果物にも、野菜にも、穀類にも、乳製品にも、さまざまな形で糖質や糖類は含まれています。
しかし、WHOが注目したのは、糖質全体でも、炭水化物全体でもありません。
WHOが健康影響との関係を見るために定義したのは、「遊離糖類」です。
これは、食品や飲料に添加された単糖類・二糖類、
そして、はちみつ、シロップ、果汁、濃縮果汁に含まれる糖類を
まとめてとらえる考え方です。
なぜ、このような区分が必要なのでしょうか。
その理由の一つは、清涼飲料水や加工食品などを通じて、
糖類を摂取しやすい形で多く摂る機会が増えているからです。
たとえば、清涼飲料水には、砂糖だけでなく、果糖ぶどう糖液糖などの
異性化糖が使われることがあります。
異性化糖は、ぶどう糖や果糖を含む液状の甘味料で、
飲料や加工食品に使いやすい性質があります。
このような糖類は、食品や飲料の中に溶け込んでいるため、
意識しないまま、摂取量が増えることがあります。
飲み物に含まれる糖類は、固形食品に比べて短時間で摂取しやすく、
満腹感にもつながりにくい場合があります。
ここで問題になるのは、「糖類そのものが突然危険なものになった」と
いうことではありません。
問題は、糖類を摂取しやすい食品や飲料が増え、
摂取量や摂り方が変わってきたことにあります。
したがって、遊離糖類という概念は、砂糖を悪者にするためのものではありません。
現代の食生活の中で、
どのような形の糖類摂取が健康への悪影響と関係しやすいのかを評価するために、
対象を整理したものと考えることができます。
4. どのような健康への悪影響を見るのか
次に見るのは、どのような健康への悪影響が考えられるのか、という点です。
化学物質リスク評価では、対象となる物質について、
どのような健康への悪影響が考えられるのかを確認します。
遊離糖類の場合も、まず問題になる健康影響を整理する必要があります。
WHOの遊離糖類評価では、
体重増加・肥満、う蝕などが主な健康影響として評価されています。
ここで注意したいのは、遊離糖類そのものが、
ただちに健康への悪影響をもたらすものとして
扱われているわけではないということです。
糖類は、私たちの食生活の中でごく身近な成分です。
糖質は、体のエネルギー源にもなります。
問題になるのは、糖類の種類そのものというよりも、摂取量や摂り方です。
特に体重増加や肥満は、それ自体だけでなく、
さまざまな生活習慣病などと関係する重要な指標でもあります。
体重が増えることは、単に見た目や数字の問題ではありません。
長期的には、糖尿病、心血管疾患、脂肪肝など、
さまざまな健康問題と関係する可能性があります。
また、う蝕は、糖類が口の中で細菌に利用され、
歯の表面が酸の影響を受けることで進行しやすくなるものです。
そのため、遊離糖類の評価では、体重増加・肥満とあわせて、
う蝕も重要な健康影響として見られています。
つまり、WHOが見ているのは、「甘いものを食べたらすぐ病気になる」という
単純な話ではありません。
遊離糖類の摂取量が多くなることで、体重増加や肥満、う蝕などの健康影響が
増える可能性があるかを見ているのです。
5. 摂取量と健康影響の関係を見る
リスク評価では、健康への悪影響の種類だけでなく、
どのくらいの量で影響が現れるのかを見ることが重要です。
化学物質リスク評価では、対象となる物質について、
どのくらいの量で健康への悪影響が現れるのかを確認します。
そして、実際にどのくらい摂取しているのかと比べて、
健康への悪影響につながる可能性を判断します。
遊離糖類の場合も、考え方としては、
摂取量と健康影響の関係を見ることが中心になります。
ただし、ここで重要なのは、食品添加物などのADI評価とは、
使われるデータや判断の仕方が異なるということです。
食品添加物の評価では、動物試験などから、
健康への悪影響が見られない量を確認し、安全係数を用いてADIを設定します。
一方、WHOの遊離糖類の評価では、人を対象とした研究、疫学研究、介入研究などをもとに、
遊離糖類の摂取量と体重増加・肥満・う蝕などの関係を整理しています。
つまり、動物試験から「健康への悪影響が見られない量」を求めるというよりも、
人の食生活の中で、遊離糖類の摂取量が多くなると
健康影響がどのように変わるのかを見る評価です。
そのため、遊離糖類の評価をリスク評価として理解するには、
単に「WHOが10%と言っている」と見るのではなく、
その背景にある摂取量と健康影響の関係を見る必要があります。
「10%未満」や「5%未満」という数字の意味については、次にもう少し詳しく見ていきます。
6. 10%未満・5%未満はADIではない
WHOは、遊離糖類の摂取量について、
総エネルギー摂取量の10%未満に抑えることを推奨しています。
さらに、5%未満に抑えることで、
追加的な健康効果が期待できるとしています。
ここで大切なのは、この10%未満、5%未満という目安は
ADIではないということです。
ADIは、食品添加物などについて、
「毎日摂取しても健康への悪影響がないと考えられる量」として
設定される目安です。
一方、遊離糖類の10%未満、5%未満は、健康リスクを
下げるための摂取目標です。
つまり、この数字は「ここを超えたらすぐ危険」という境界線ではありません。
また、「この範囲ならいくら摂ってもよい」という安全基準でもありません。
集団全体として、体重増加やう蝕などの健康リスクを下げるために、
摂取量をどの方向に持っていくのが望ましいかを示した目安です。
この点は、以前の砂糖コラムでも整理していました。
WHOの10%という数字は、人口スケールの目標であり、
個人に「今日はここまで」と指示するための数字ではない、
という考え方です。
このように見ると、遊離糖類のガイドラインは、
砂糖をゼロにするためのものではありません。
また、一人ひとりの食事を、毎日厳密に判定するための基準でもありません。
むしろ、日常の食生活の中で、摂取量が多くなりやすい糖類に気づき、
健康リスクを下げる方向に食生活を見直していくための目安と考えることができます。
7. 遊離糖類評価をリスク評価として整理する
ここで、今回の内容を、リスク評価を考える視点から整理してみます。
遊離糖類の評価では、まず「何を評価対象にしているのか」を明確にします。
次に、その対象について、どのくらい摂取され、
どのような健康への悪影響と関係するのかを見ていきます。
そして、その結果をもとに、健康リスクを下げるための摂取目標が示されています。
ここまでの内容を図にすると、WHOの遊離糖類評価は次のように整理できます。

図のように、遊離糖類の評価では、まず評価対象として「遊離糖類」を定義します。
これは、糖質全体や炭水化物全体ではなく、
食品や飲料に添加された単糖類・二糖類と、
はちみつ、シロップ、果汁、濃縮果汁に由来する糖類を
まとめてとらえるものです。
次に、清涼飲料水や加工食品などを通じて、
摂取しやすい形で糖類を多く摂る機会があることを考えます。
ここでいう「ばく露」にあたるのは、
食事全体の中で、どのくらい遊離糖類を摂取しているかです。
そのうえで、WHOは、遊離糖類の摂取量と、
体重増加・肥満、う蝕などの健康影響との関係を評価しています。
そして、10%未満、5%未満という目安を、
ADIではなく、健康リスクを下げるための摂取目標として示しています。
ここで大切なのは、遊離糖類の評価を、
食品添加物や農薬の評価にそのまま重ねて理解しないことです。
食品添加物や農薬では、特定の物質について、
毒性試験などをもとに健康への悪影響が現れる量と実際の摂取量を比べて評価します。
一方、遊離糖類では、人の食生活の中で、
摂取量と体重増加・肥満・う蝕などの健康影響との関係を見ています。
また、遺伝子組換え食品の評価のように、
従来食品と比べて変化した部分を見つけ、
その違いを評価するという進め方とも異なります。
食品添加物のADI評価、遺伝子組換え食品の比較アプローチ、
遊離糖類の健康影響評価は、それぞれ対象も、使われるデータも、判断の仕方も異なります。
一方で、食品の安全性評価を理解するには、
何を評価対象にしているのか、どのような健康への悪影響を見ているのか、
どのくらい摂取しているのか、そしてその結果をどのようなリスク低減の判断につなげているのかを
分けて考えることが大切です。
遊離糖類の評価は、まさにその点を確認するための例として位置づけることができます。
8. おわりに
今回は、WHOの遊離糖類ガイドラインを、
食品の安全性評価やリスク評価を考える視点から整理してきました。
遊離糖類は、砂糖そのものを悪者にするための概念ではありません。
糖類は、食品の中に昔から含まれている身近な成分です。
一方で、清涼飲料水や加工食品などを通じて、
摂取しやすい形で糖類を多く摂る機会が増えた現代の食生活では、
摂取量と健康への悪影響との関係を見ていくことが重要になります。
WHOは、健康影響評価の対象として「遊離糖類」を定義し、
体重増加・肥満、う蝕などとの関係を評価したうえで、
摂取目標を示しています。
10%未満、5%未満という目安は、ADIではありません。
また、「ここを超えたらすぐ危険」という境界線でもありません。
それは、集団全体として健康リスクを下げる方向に、
遊離糖類の摂取量をどう考えるかを示した目安です。
食品の安全性や健康影響を考えるときには、
「これは安全か、危険か」とすぐに決めるのではなく、
何を対象にしているのか、どのくらい摂取しているのか、
どのような健康への悪影響と関係しているのかを分けて考えることが大切です。
今回の遊離糖類の評価は、そのことを確認するための一つの例として
見ることができます。
次回は、これまでの食品安全性評価シリーズ全体を振り返りながら、
「何を対象に、何を比べ、どう判断するのか」を整理していきたいと思います。
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「材料や作り方を少し変えると、食感や仕上がりはどう変わるのか」を、
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9. 参考資料
・WHO “Guideline: Sugars intake for adults and children”
https://www.who.int/publications/i/item/9789241549028/

